愛蓮 Love Lotus 帰郷展
石﨑泰之(岐阜県現代陶芸美術館)
昨秋(9月29日~10月8日)、パリ日本文化会館地下3階フォワイエで、日欧文化協会(AJEEC)が同館及びセゾン現代美術館と共催した、同協会第一回企画展 「三輪華子展―愛蓮」 の萩における帰郷展である。三輪華子は前衛陶芸家として知られる三輪窯12代三輪休雪(三輪龍作)の長女であり、2001年の初個展 「妙」 以来、萩伝統の素材を用いたオブジェ作品をインスタレーションの手法で発表してきた気鋭の表現者としての印象が強い。
「妙」 で見せたマット調と黒陶による静穏なイメージとは正反対に、ハスの花と葉という同一のモチーフが、今回はラスター調とプラチナ色の(光彩)を纏って妖しく輝いていた。「生命への慈愛と自己の壁を越えて生命力を分け合い互いに活性化し、新たな成長が見られるような状況を表現」 したかったという作家は、萩でのインスタレーションでは、その意図を凝縮した 「和」 の空間に再構成して見せた。会場には、虹彩も嬌かしい紅いハスの花の蕾と大輪にヘリが垂直に力強く立ち上がったオオオニバス状の銀白の葉を組み合わせ、一つは生命初源の深溝かと思わせるほど暗い翳りを湛えた蓮池として、また一つは心を尽くして客を待つような茶事の庭に仄明りが差した光景の一瞬として、いずれも甘美で繊細な空間がみごとに演出されていた。
ところで、「愛蓮」 というタイトルから、ハスの花を 「花中の君子」 と絶賛した北宋の文人周敦頤の言説を想起する人も少なくはないだろうと思う。「淤泥に出でて染まらず、清漣に濯わるも妖ならず、…香は遠くしてますます清く…」 と、清廉な学者の剛直な心情そのものをハスという植物に仮託して述べた 「愛蓮説」 はよく知られるところである。しかし、彼の国においてハスの花は、このような端正で清らかなイメージとはうらはらに、むしろ原初的な願望である生命の系属、純朴な恋愛感情の寓意として、エロティックな意味合いが濃厚に付与された吉祥の象徴であったとも説かれている。仔細の引用は避けるが、中国古来の婚礼贈答品や閨房の調度などにハスの意匠や文様が好まれたのはこのためであろう。
「愛蓮」 という眩暈すら覚えるほどの情動的主題を、怜悧な造形思考によって抑制的に演出した今回の展示は、この作家の硬質でピュアな表現意欲を端的に感得しうるものとなっている。
陶説(2006年6月号)
愛蓮 帰郷展
撮影 下瀬信雄